大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)68号 判決

東京都新宿区西大久保一丁目四二九番地

原告

康汝敬

右訴訟代理人弁護士

小沢茂

佐藤義弥

斎藤藤雄

東京都新宿区柏木三丁目三一二番地

被告

淀橋税務署長 本郷一郎

右訴訟代理人弁護士

真鍋薫

右指定代理人

石塚重夫

庄子実

河内孝誌

右当事者間の課税処分取消請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立て

(原告)

「被告が原告に対し昭和四一年一二月二一日付でした昭和三八年分ないし昭和四〇年分の所得税の更正処分はいずれも原告の確定申告額をこえる限度において取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

(右申立てが容れられないときは)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二、原告の主張

(請求の原因)

原告は、トルコ風呂営業を営むものであるが、昭和三八年分の所得税につき所得金額一一五万四、二五〇円、税額一二万四、二五〇円と、昭和三九年分の所得税につき所得金額一八六万三、六五八円、税額二七万九、二〇〇円と、昭和四〇年分の所得税につき所得金額一九四万三、七九四円、税額三五万一〇〇円と確定申告をした。ところが、被告は、昭和 四一年一二月二一日付で、昭和三八年分の所得税につき所得金額五七七万九、四二六円、税額一九三万一、一四〇円と、昭和三九年分の所得税につき所得金額一、二七一万四、七九〇円、税額五五一万六、六二〇円と、昭和四〇年分の所得税につき所得金額一、三二四万九、四一一円、税額五七五万九、一七〇円とそれぞれ更正し、該更正は、昭和四二年七月三日付の異議決定によつて、昭和三八年分にあつては所得金額四〇四万五、六〇二円、税額一一六万一、六〇〇円と、昭和三九年分にあつては所得金額一、一六九万五、六四回円、税額四九五万五、九〇〇円と、さらに、東京国税局長の昭和 四三年六月二四日付の審在裁決によつて、昭和三九年分にあつては所得金額一、〇八八万五、〇三二円、税額四五〇万九、九〇〇円と、昭和四〇年分にあつては所得金額一、一〇〇万三、四三九円、税額四五二万三、六〇〇円とそれぞれ変更されました。

しかし、前記各更正処分は、原告には当該年度において確定申告額以上の所得がなかつたのであるから、いずれも確定申告額をこえる限度において違法である。

(本案前の抗弁に対する主張)

行訴法一四条一項にいう処分又は裁決があつたことを「知つた日」とは、抽象的に知りうべかりし日ではなく、現実に知つた日を指すものと解すべきである。ところで、本件各更正処分に係る審査裁決書の騰本は、被告主張の日に送達されていたものと思われるが、これを保官していた原告の夫の母金龍見は、日本語が読めず、かつまた、老令で病気中であつたところから、原告に交付することなく昭和四三年一一月七日死亡し、現在にいたるも右謄本の所在は不明であり、原告は、住民税の督促を受けたところより、昭和四三年一二月二三日東京国税局長に対して右審査裁決書の謄本の写しの送付方を要請し、昭和四四年一月一五日右写しの送付を受けてはじめて審査裁決のあつたことを知るにいたつたものである。そして、本件訴えは、それから三か月以内で、しかも、審査裁決のあつた日から一年以内に提起されたのであるから、被告の本案前の抗弁は、失当というべきである。

第三、被告の主張

(本案前の抗弁)

本件各更正処分に係る裁決書の謄本は、昭和四三年八月一八日原告に送達されたのであるから、昭和四四年四月一五日に提起された本件訴えは、行訴法一四条一項所定の出訴期間を徒過した不適法なものであり、却下すべきである。

(請求の原因に対する答弁)

請求の原因事実のうち、係争各年度において原告にはその確定申告額以上の所得がなかつた点は否認するが、その余の事実はすべて認める。

第四、証拠関係

(原告)

甲第一、第二号証(いずれも写)を提出し、証人高浩振の証言を援用し、乙第四ないし第六号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

(被告)

乙第一ないし第三号証の各一、二、第四ないし第七号証、第八ないし第一〇号証の各一、二、第一一号証の一ないし三を提出し、証人内藤芳美、丸山正司の各証言を援用し、甲号各証の成立ならびに原本の存在は認める。

理由

まず、本件訴えの適否について判断する。

行訴法一四条一項にいう処分又は裁決があつたことを知つた日とは、原告主張のごとく、その文言からみても、また、同条三項が取消訴訟は処分又は裁決の日から一年を経過したときは、処分又は裁決のあつたことを知つたかどうかにかかわらず、これを提起することができない旨規定していることに照らしても、抽象的な知りうべかりし日を意味するものではなく、現実に了知した日を指すものと解すべきではあるが、しかし、処分又は裁決のあつたことが、その謄本の送達等により社会通念上当事者の知りうべき状態に置かれたときは、反証のない限り、これを知つたものと推認するのが相当である(最高裁昭和二七年四月二五日第二小法廷判決、民集六巻四号四六二頁、同庁昭和二七年一一月二〇日第一小法廷判決、民集六巻一〇号一〇三八頁参照)。

いま、本件についてこれをみるのに、本件各更正処分に係る審査裁決が昭和四三年六月二四日付でなされ、その裁決書の謄本が同年八月二日送達されたことは、原告の自認するところであり、成立の争いのない乙第七号証、第八ないし第一〇号証の各一、二、第一一号証の一ないし三、証人内藤芳美、丸山正司の各証言により真正に成立したものと認める乙第四ないし第六号証、右各証人および証人高浩振の各証言によれば、本件各更正処分に係る審査裁決書の謄本は、書留郵便によつて原告の住居たる新宿区西大久保一丁目四二九番地に送達されたものであり、原告は、右住所において経営するトルコ風呂の営業は支配人にまかせ、朝九時ころから夜一一時ころまで夫高浩振とともに、同人が同丁 四二八番地において経営するホテルで執務していたとはいえ、毎夜右住居に帰宅していたことを認めることができる。しかして、かかる事実関係のもとにおいては、原告は、本件各更正処分に係る審査裁決書の謄本の送達によつて、そのころ同裁決のあつたことを知つたものと推認するのが相当である。そればかりでなく、原告の夫高浩振は、当法廷で証人として、原告は住民税の督促を受けた際本件更正処分に係る審査裁決のあつたことを知り、東京国税局長に対し右裁決書の謄本の写しの送付方を要請して同写しを受け取つた旨供述し、その日が昭和四四年一月一五日であることは、原告の自認するところである。されば、原告はすくなくとも、右裁決書の謄本の写しを受け取つた日以前において右裁決のあつたことを知つたものと認めるべきであり、該認定を左右するに促る的確な反証はない。

それ故、昭和四四年四月一五日提起されたこと記録上明らかな本件訴えは、右いずれの点からみても、行訴決一四条一項所定の三か月の出訴期間経過後の提起に係る不適法なものであるから、これを却下すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺吉隆 裁判官 渡辺昭 裁判官 岩井俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例